鉄道のブレーキ
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鉄道のブレーキ(てつどうのブレーキ)では、鉄道車両を減速させ、停車させ、停止した状態を維持するために用いられる各種のブレーキについて説明する。鉄道のブレーキは、自動車のものと原理的には似ているところが多いが、複数の車両で編成を構成して同時に走行している場合に全ての車両にブレーキを掛ける必要性があり、またエンジンや電動機のような原動力を有していない車両でもブレーキを掛けなければならないので、機構がより複雑なものとなっている。
目次 |
[編集] 種類
鉄道において車両に搭載するブレーキは、大きく分けてレールと車輪の間の粘着力(摩擦力)によってブレーキ力を得るもの、電磁気的にレールに作用させてブレーキ力を得るもの、リアクションプレートに作用させてブレーキ力を得るもの、空気抵抗を利用するものの4つに分類される。またこれ以外に停車状態を維持したり、暴走した車両に非常制動を掛けたりする目的で、外部から働きかける装置がある。
これらの分類の中でさらに細かい分類があり、その中でも様々な種類に分かれている。
[編集] 粘着力によるブレーキ
車輪に対して回転を止める方向に制動力を与えることで、レールと車輪の間の粘着力(摩擦力)によって車両を減速させ、停車させるものである。
[編集] 機械式
機械式の粘着ブレーキは、車輪に対して機械的に制動力を与えるものである。車輪に対して制輪子(ブレーキシュー)を押し当てることで制動力を得ることは共通しているが、制輪子の当て方でさらに踏面ブレーキとディスクブレーキがある。
踏面ブレーキは、車輪の外側、車輪がレールと接する面に制輪子を当てるものである。これに対してディスクブレーキは、別途取り付けたブレーキディスク、または車輪の横側に制輪子を当ててブレーキ力を得る。
台車を備えた方式であるボギー車においては、こうしたブレーキ装置は台車に装荷されており、この機構を総称して基礎ブレーキ装置と呼んでいる。
制輪子を車輪に当てる力を得る方式も様々なものがある。#機械式粘着ブレーキの種類を参照。
[編集] 原動機式
車輪を駆動するために用いられているモーターやエンジンを逆に制動力として利用するもので、自動車のエンジンブレーキに相当する。自動車の場合、トレーラーで無い限り全ての車両にエンジンが付いているので、ほぼ全ての車両で使用可能なブレーキであるが、鉄道車両の場合原動機の付いていない付随車も存在し、その場合このブレーキを使うことはできない。
電気式のものは、車輪の回転でモーターを回し、モーターを発電機として利用して発電した電力を他で消費することによって制動力を得る。この時、発電した電力を抵抗器で熱に変えて捨ててしまうのが発電ブレーキで、架線に返して他の車両に使わせるのが回生ブレーキである。発電ブレーキと回生ブレーキを総称して電気ブレーキと呼ぶ。回生ブレーキはエネルギーを有効利用することができるが、回生したエネルギーを使ってくれる他の車両がいなければブレーキを掛けることができず、回生失効してしまうという問題がある。
ディーゼルエンジンなど内燃機関を原動機とする車両でも、自動車のエンジンブレーキと全く同様の仕組みで原動機による制動力を得ることができる。ただし内燃機関を原動機とする車両のうち、エンジンで発電を行いその電力でモーターを回す電気式に分類されるもの(ディーゼルエンジンが原動機の場合、ディーゼルエレクトリックや電気式ディーゼルと呼ばれるもの)で走行する車両は、電気でモーターを回して走行する電車や電気機関車の発電ブレーキと同じ仕組みで、モーターを発電機にして制動を掛け、電力は抵抗器で消費するという方式でブレーキを掛けるのが普通である。
内燃機関を原動機とする車両では、通常のエンジンブレーキに加えて、排気ブレーキやリターダなどのブレーキ装置を搭載している車両もある。
蒸気機関車においては、シリンダーに蒸気や空気を入れることでその反力でブレーキ力を得る反圧ブレーキというものが使われていた。蒸気圧を送る方式は、前進中に弁装置の設定を後進に切り替えることで、蒸気の力をピストンの動きを押し止める向きに働かせ、それをコネクティングロッドを通じて動輪に伝えることで減速させるものであった。しかし使い方は微妙で知識と経験を必要とし、失敗すると弁装置や車輪を焼き付かせて破損してしまう方法であった。空気圧を送る反圧ブレーキも存在しており、これは登山鉄道や急勾配路線などの蒸気機関車で用いられていた。また、シリンダーへの蒸気の供給を遮断するとピストンの両側の空間の圧力差などにより制動力が得られるが、惰行時に制動が掛かることを嫌ってバイパス弁を装備してこの現象が起きないようにしたり、惰行時でもわずかずつ蒸気を送るようにしていたりした。
原動機によるブレーキは制輪子を消耗しないので、部品とメンテナンスのコストを削減できるというメリットがある。
[編集] その他
ブレーキシューによる摩擦でも原動機でもない方式で制動力を得る装置として、渦電流式ディスクブレーキがある。これは車軸に取り付けられたディスクに対して電磁石を挟むように配置し、ディスクに発生する渦電流の作用によって電磁的にブレーキ力を得るものである。最終的にレールと車輪の間の摩擦力を利用しているという点では粘着力によるブレーキに分類される。
[編集] レールとの作用によるブレーキ
レールとの作用でブレーキ力を得る方法は、さらに電気式と機械式に分けられる。
[編集] 機械式
電磁吸着ブレーキは、車体に搭載されている電磁石をレールに吸着させることで制動力を得るブレーキである。主に急勾配区間を走行する専用車両が、急勾配上において停止状態を維持したり、他のブレーキが使えない異常事態に際して非常制動を掛けたりする目的で装備しているブレーキである。
[編集] 電気式
渦電流式レールブレーキは、渦電流式ディスクブレーキと原理的には似ているが、渦電流式ディスクブレーキが車軸に備えたディスクに対して電磁石により渦電流を発生させるのに対して、渦電流式レールブレーキではレールに対して電磁石により渦電流を発生させ、車体とレールの間での制動力を得る仕組みとなっている。
[編集] リアクションプレートとの作用によるブレーキ
磁気浮上式鉄道や鉄輪式リニアモーターカーにおいて、推進用のリニアモーターにリニア誘導モータ(LIM)を使用しているものでは、地上にリアクションプレートと呼ばれる導体板を配置して、これと車体搭載の装置との相互作用によって推進力を得ている。この方式では、制動力を得る際にもリアクションプレートとの相互作用により回生ブレーキを使用することができる。回生したエネルギーを使ってくれる他の車両がいなければ失効する点では通常の回生ブレーキと同じであるが、車輪とレールの粘着力によらず直接リアクションプレートとの間で制動力が得られるという点が異なっている。
[編集] 空気抵抗によるブレーキ
主に高速鉄道において、車外に空気抵抗を得るための抵抗板を出すことで制動力を得るブレーキがあり、空力ブレーキと呼ばれている。通常時には他のブレーキを使用し、特にブレーキ距離を短縮したい、あるいは他のブレーキ手段が使えない緊急時のみの使用が想定されている。
[編集] その他のブレーキ
[編集] 手歯止め
車庫などで停車中の鉄道車両が勝手に動き出すことを転動と言う。転動が起きないようにするために、車輪とレールの間などに差し込むくさび形の器具のことを手歯止めまたはハンドスコッチと呼ぶ。停止状態を維持するという意味では、広義のブレーキに含まれる。
手歯止めを差したままの状態でこれを忘れて車両を動かそうとすると脱線の恐れがある。手歯止めを使用中であることを示す札を運転席に掲げる、あるいは車外に立て札を立てるなどの措置でミスを防ごうとしているが、より抜本的な対策として、車両の転動を防ぐことはできるが、動力により車両が動き出して上に力が加わると手歯止めが壊れて、脱線せずに車両が通行することができるようになるような、ちょうどの強度を持った手歯止めを開発するということも行われている[1]。
[編集] カーキャッチャー
駅や操車場において、過走したり速度超過したりした車両を外部から停止させるために用いられる器具として、カーキャッチャー、あるいはヘムシューと呼ばれるものがある。これはレールにあらかじめ設置しておき、走行してきた車両の車輪がこれに乗り上げて引っかかり、車両に引きずられる形でカーキャッチャーがレール上を滑りながら、カーキャッチャーとレールの間の摩擦により制動力を得るものである。主に非常用の緊急停止装置として用いられる。
[編集] カーリターダー
ハンプ式の操車場では、ハンプと呼ばれる小高い丘の上から貨車を仕分け線に対して突放(とっぽう)して、坂を転がり落ちていく力で走らせて各番線に振り分けていく作業が行われる。既に仕分け線に停車している貨車に対してあまり強く衝突すると連結器を破損してしまうので、適切な速度に調節する必要があり、このため途中にカーリターダーと呼ばれる装置が設置されてこの作業を行っていた。カーリターダーでは、その地点を通過していく車両の車輪をレールの両脇に備えられた装置が挟みつけることで制動力を得ている。
[編集] 機械式粘着ブレーキの種類
機械式粘着ブレーキにおいて、制輪子を車輪またはディスクに押し当てる原動力を得る方法には複数の方法がある。
[編集] 人力ブレーキ
人力により制輪子を押し付ける力を得るものである。ハンドルを手で回したり、車体の下に取り付けられたペダルを足で踏み込んだりして操作する。人間の力をてこやラック・アンド・ピニオンなどの機械的な原理を用いて増幅して制輪子に作用させるが、もともとの力が弱いこともあり制動力は他のブレーキと比べて弱い。
初期には人力ブレーキしか装備されていない列車も存在していたが、鉄道の高速化・重量化が進展するにつれて人力では不足するようになり、すぐに他の機械的なブレーキが発展していくことになった。しかし現代においても、貨車の入換時の制御や非常時の代用措置などの目的で人力で操作する機構が残されている。
[編集] 蒸気ブレーキ
詳細は蒸気ブレーキを参照
蒸気機関車において、ブレーキシリンダーに圧力の掛かった蒸気を吹き込むことでピストンを押して制輪子を動かす力を得るのが蒸気ブレーキである。空気圧縮機や真空ポンプのような機構を別途必要としていないため構造が簡便である。動力によるブレーキの最初のものとして、1833年にジョージ・スチーブンソンによって発明された。
使用後に冷却された蒸気が水になってシリンダー内に溜まると圧力が不安定になり安定した制動力が得られないこと、長編成に適用するとブレーキ作用が遅れることといった問題があり、機関車のみに用いられていた。
列車の編成が長くなり編成中全ての車両で作動する貫通ブレーキが求められるようになると、機関車だけでしかブレーキを掛けることができない蒸気ブレーキは廃れることになった。しかしその簡便さから、ブレーキ力が強く求められない軽便鉄道などでは長らく用いられた。
[編集] 真空ブレーキ
詳細は真空ブレーキを参照
編成全体にわたってブレーキ配管を引き通し、その中の空気をエゼクターや真空ポンプで抜いて真空に近い気圧にしておき、大気圧とブレーキ管内の気圧差によりピストンを駆動して制輪子を動かす力を得るのが真空ブレーキである。
最初の真空ブレーキ、イギリスのノース・イースタン鉄道の技術者J・R・スミスが1874年に考案した。これは直通真空ブレーキであり、ブレーキ管からポンプで空気を抜いた時にブレーキが作動する仕組みであったが、この方法ではブレーキ管が破損すると全くブレーキが掛けられなくなるという致命的な欠点があった。これに対してハーディが改良したものでは、各車両にブレーキシリンダーと一体になった真空タンクが設けられており、あらかじめブレーキ管から空気を抜くことでこれらの真空タンクからも空気が抜いておき、運転士がブレーキハンドルを操作してブレーキ管内に空気を入れると、大気圧近くに戻ったブレーキ管内の圧力と真空タンクの真空の間でブレーキピストンが動くという仕組みになっていた。この仕組みでは、ブレーキ管が破損して管内が大気圧に戻ると自動的にブレーキが作動するフェイルセーフな構成となっている。真空タンク自体が破損した場合でも、編成中に複数の車両がつながっている場合は全ての車両のタンクが同時に破損することはまずないため、他の車両のブレーキで停車することができる。
真空ブレーキの欠点としては、大気圧と真空の気圧差は最大でも1気圧しか得られないことで、後述する空気ブレーキでは空気圧を上げることによってより大きな制動力が得られるのに対して、真空ブレーキでは限度がある。このため必要な制動力を得るために、真空タンクやブレーキシリンダーが大きくなるという問題があった。また、気圧の低い高地にある鉄道ではさらにこの問題は深刻である。
空気ブレーキが発明されたアメリカ合衆国では、空気ブレーキが速やかに普及していったのに対して、イギリスの鉄道では真空ブレーキが長く用いられ続けていた。また現代においてもインド、アルゼンチン、南アフリカなどでは真空ブレーキが主力として用いられ続けている。しかしこうした国でも真空ブレーキの空気ブレーキへの変更が進められている。
[編集] 空気ブレーキ
詳細は空気ブレーキを参照
現代の鉄道において、制輪子を動作させる方式として最も一般的に用いられているのが空気ブレーキである。真空ブレーキとは逆に、空気圧縮機を用いてブレーキ管に圧力を掛け、この圧力と大気圧の差でピストンを動かして制輪子を駆動する仕組みとなっている。
真空ブレーキと同様に、ブレーキ管に空気圧を掛けた時にブレーキが作動する方式と、空気圧を抜いた時にブレーキが作動する方式がある。
ブレーキ管に空気圧を掛けた時にブレーキが作動する方式は、直通ブレーキと呼ばれる。ブレーキ管が破損した時には全くブレーキが掛けられなくなる欠点があるため、そのままの方式で用いられることはまずない。
一方、ブレーキ管に常時空気圧を掛けておき、これを抜いた時にブレーキが作動する方式は、自動空気ブレーキと呼ばれる。こちらはブレーキ管が破損すると自動的にブレーキが掛かるフェイルセーフな機構となっている。
さらにブレーキ性能を改善する目的で、ブレーキ弁の操作を電気的に伝送して各車両でブレーキ弁を制御する方式が開発され、電磁自動空気ブレーキ、電磁直通ブレーキと呼ばれている。これをさらに進展させて、車両間のブレーキ配管によるブレーキ指令を基本的になくし、電気信号だけによる制御を行うと共に、電気ブレーキなどと協調して動作するようにしたものが電気指令式ブレーキと呼ばれている。
自動空気ブレーキでは、空気をブレーキ管から抜いて圧力を下げることによってブレーキ力を得る。ブレーキ弁を操作して必要なだけの制動力を得た後は、ブレーキ管の圧力はそのままの状態を保つ。しかし長く続く下り勾配を行く場合、速度を一定にするために所用となる制動力を得た後、勾配を下っている間にブレーキ管を繋ぐ部分などから次第に空気が漏れて、所望の圧力より下がってしまうということが起きる。ブレーキ管の圧力がさらに下がることは、制動力がさらに強くなる方向に働き、列車はどんどん減速してしまうことになる。
一方で、制動力を緩めるためにブレーキ管の圧力を上げようとすると、制動力が弱くなりすぎて勾配を暴走してしまう危険な結果をもたらしかねない。これをうまく制御するために、ちょうど空気が漏れていく量だけ空気を補充する操作をしなければならない。この操作のことを補給制動という。
また自動空気ブレーキでは、各車両の空気だめに圧縮空気が貯められていて、これが制動力の元になっている。空気だめに十分な圧縮空気が無いとブレーキが効かなくなり、危険な状態となる。これを込め不足という。込め不足を防ぐためには、ブレーキを使用して停車した後はよくブレーキ管の圧力を確認して、十分圧力が上昇してから列車を動かさなければならない。
[編集] 歴史
[編集] 草創期
19世紀始めに鉄道が実用化された頃、ブレーキの技術はとても原始的なものであった。ほとんどの車両にはブレーキが搭載されておらず、主に機関車と一部の客車・貨車にのみ人力でブレーキを掛ける機構が搭載されていた。ブレーキが搭載された客貨車のことを緩急車と呼ぶ。緩急車に制動手が乗り込んでおり、必要な時に一斉にこれを取り扱うことでブレーキを掛けていた。鉄道会社によっては、機関車に取り付けた汽笛の合図で一斉にブレーキを掛ける仕組みとしていた。
この時代のブレーキは全て踏面ブレーキであり、制輪子を動かす力は人力であった。また、制輪子の位置をロックする機構が付いており、停車中の駐車ブレーキとして用いることもできるようになっていた。下り勾配に差し掛かる際には、一旦事前に列車を停車させ、編成の緩急車の中から一定の割合を選んで、その制輪子を駐車ブレーキの位置にロックし、常時制動が効いた状態で勾配を下るということが行われていた。さらに速度が上がると残りの緩急車でも制動手が人力でブレーキを掛けて減速に努めた。イギリスでは初期の貨車は、ブレーキハンドルを片側にだけ備えており、列車へ連結される時の貨車の向きはバラバラであったので、車掌の作業の妨げとなっていたが、1930年頃から両側ブレーキハンドルが装備されるようになった。
イギリスでは緩急車のことをブレーキバン (brake van) と称していたが、貨物列車においてはワゴンブレーキ (wagon brake) という装置が取り付けられた通常の貨車が連結されていることが普通で、制動手は雨風をしのぐ屋根のない車両に乗り込んでこうしたブレーキを取り扱っていた。なお、当初英語ではブレーキ装置のことを"break"とつづっていたが、やがて現在のように"brake"というつづりが用いられるようになった[2]。
こうした人力のブレーキ装置のみでは制動力が不足し、最初の実用的な蒸気鉄道であるリバプール・アンド・マンチェスター鉄道の開業からわずか3年後の1833年に、ジョージ・スチーブンソンが蒸気機関車の蒸気圧を利用した蒸気ブレーキを発明した。しかし蒸気ブレーキの性質上機関車のみに取り付けられ、編成中の緩急車は相変わらず人力であった。この頃の貨物列車は30 マイル毎時 (48 km/h) で走行している時にブレーキを掛けて、完全に停車するためにおよそ800 mほど掛かっていた[3]。
[編集] 貫通ブレーキの開発
列車が高速化し、長編成で重量が大きくなるにつれて、機関士の操作によりすぐにブレーキ力が得られ、かつ緩めることもできるような、より強力なブレーキが必要とされるようになってきた。機関士の操作1つで列車全体に一斉にブレーキを掛けられるこうしたシステムを貫通ブレーキと呼ぶ。
しかしながら、こうした要求に応えることは技術的に困難であった。列車全体にわたって求められる一定の力でブレーキを掛けられるようにしながら、列車に車両を繋いだり切り離したりできるようにする必要があったからである。この時期には車両の連結・切り離しのない固定編成の列車は滅多になかった。
最も初期には、鎖やワイヤーを使ったブレーキシステムが開発された。主にドイツの鉄道で利用され、ヘーベルラインブレーキ (Heberlein brake) と称される。イギリスではクラーク・アンド・ウェッブチェーンブレーキシステム (Clark and Webb Chain Braking system) と呼ばれた[4]。編成の屋根の上または床下に鎖やワイヤーが引き通されており、これを機関車から引っ張ることで各車両のブレーキを動作させた。しかし適用できる列車の長さに制限があり、鎖やワイヤーの調整に手間が掛かると共に、扱う係員はよく訓練をしておく必要があった。また鎖やワイヤーが切れると一部の車両にブレーキが掛からなくなるという問題もあった。
真空ブレーキもまた初期に開発された貫通ブレーキシステムで、1874年に最初に導入された。機関車に搭載されたエゼクターまたは真空ポンプによりブレーキ管から空気を抜き、これによりブレーキシリンダーのピストンを駆動して制動力を得る仕組みで、効果的で値段も安かった。初期には、走行中にブレーキ管が破損するとブレーキが全く効かなくなってしまうという致命的な欠点があったが、常時ブレーキ管を真空にしておき、ブレーキ管に空気が入ってきた時にブレーキが掛かるようにする改良が行われて解決された。
主にイギリス流の鉄道技術を導入した国で真空ブレーキは普及した。しかし空気ブレーキに比べて装置が大きく、制動力も小さいという問題があり、多くの国では空気ブレーキへ移行した。イギリスでは長らく空気ブレーキへの変更が行われず、第二次世界大戦後まで残った。2008年現在でも真空ブレーキを使い続けている国も存在する。
イギリスでは、1930年頃まで旅客列車にのみ貫通ブレーキが搭載されており、貨物列車はよりゆっくり走って、機関車と緩急車に搭載されたブレーキに頼っていた。こうした貫通ブレーキを備えていない列車は、イギリスでは1985年頃まで存在していた。しかしながら1930年頃からは準貫通ブレーキとも言うべき列車が導入された。この列車では一部の貨車に貫通ブレーキが装備されており、列車中で貫通ブレーキを備えた貨車を機関車側に集めて連結することで、機関車からブレーキを操作することができるようにしていた。こうした列車は、完全に貫通ブレーキを備えていない列車よりも幾分速い速度で走ることができた。
[編集] 空気ブレーキの発明と普及
アメリカのジョージ・ウェスティングハウスは、現代でも用いられている自動空気ブレーキの原理を発明し、1872年3月5日に特許を取得した。これは高い圧力の空気を使うことで真空ブレーキに比べて小型の装置でも強いブレーキ力を得られるものであった。また三動弁を使うことにより、空気圧がブレーキ管から抜ける時にブレーキが作動するようにされており、ブレーキ管の破損などに対してフェイルセーフな構成となっていた。さらにウェスティングハウスのシステムでは、ブレーキ管の圧力を完全に抜かなくても強い制動力が得られるようになっており、ブレーキ使用後に再びブレーキ管に圧力を掛ける時間が短縮された。
初期にはコンプレッサーが大きく高価でもあったため、なかなか普及しなかった。しかしアメリカでは1893年3月2日に鉄道安全装置法 (Railroad Safety Appliance Act) が制定され、7年の猶予期間をおいて1900年から施行された。この法律ではアメリカで運行される全ての列車に自動空気ブレーキと自動連結器の採用を義務付け、事故の激減に貢献した。
日本の鉄道では、当初は貫通ブレーキがなく緩急車を使ったブレーキの仕組みを使っていた。1886年(明治19年)頃から旅客列車において真空ブレーキの採用が始まり、一部の機関車と客車に搭載された。さらに1898年(明治31年)8月から、一部の貨車において真空ブレーキの搭載が始まった。しかしその能力の低さから、1919年(大正8年)に自動空気ブレーキの採用が決定され、真空ブレーキの使用は全面的には適用されずに直接自動空気ブレーキの時代に移行した。1921年(大正10年)から取り付け工事が始まり、1925年(大正14年)までに全ての車両にブレーキ管が取り付けられて、仮にその車が自動空気ブレーキ装置の取り付けられていない車両であっても、ブレーキ管をつなぐことで編成中の他の車両へは空気圧を伝えて自動空気ブレーキが使えるようになった。さらにブレーキ装置の取り付けも進展し、1930年(昭和5年)10月から全ての貨物列車が自動空気ブレーキで運転されるようになった。取り付け期間中は、ブレーキシリンダーをまだ搭載していない車両と区別するために取り付け済み車両の両端には白線が引かれた。1931年(昭和6年)以降は、逆に一部の旧型貨車でブレーキシリンダーの取り付けられていないものについて、白い十字の印を表記するようになっている[5]。
蒸気機関車では可動部のないスチームエゼクターを使うことで、蒸気の力で比較的簡単に真空を作ることができた。これに対して圧縮空気を作るのは複雑なコンプレッサーが必要であり普及の阻害となったが、蒸気機関車の時代が終わると共に真空ブレーキのこの利点もなくなり、世界的に空気ブレーキが普及するようになった。
[編集] 電気ブレーキの開発
電気鉄道においては、空気ブレーキと並んで電気ブレーキが使用されている。この技術は、フランク・スプレイグが電気鉄道の総括制御の技術を19世紀後半に発明したことに始まっている。スプレイグは電力系統へ回生を行う技術の原理も発明していたが、これがより広範に適用されるようになったのはより制御技術が進歩した20世紀後半のことである。
こうした電気鉄道の総括制御の技術は、まず動力分散方式の電車から適用が始まったが、次第に機関車牽引方式の列車やディーゼル列車にも適用が行われるようになった。これとともに、電磁自動空気ブレーキや電磁直通ブレーキなど、電気的な指令によりブレーキ弁を制御する仕組みが開発された。さらに現代では、電気ブレーキと空気ブレーキを統一的に制御する電気指令式ブレーキが開発され、多くの車両に適用されるようになっている。
[編集] その他
[編集] 貫通ブレーキ
鉄道のブレーキのうち、運転士の操作で列車全体に一度にブレーキを掛けることができるようなブレーキのことを貫通ブレーキ(かんつうブレーキ)と呼ぶ。真空ブレーキや空気ブレーキなどは通常貫通ブレーキである。
一方機関車の場合、列車全体に掛けられるブレーキと機関車だけに掛けられるブレーキの系統が分かれていることがある。この時、列車全体に掛けるブレーキ弁を自弁(自動ブレーキ弁)、機関車単独に掛けるブレーキ弁を単弁(単独ブレーキ弁)と呼ぶ。
[編集] 非常ブレーキと保安ブレーキ
非常ブレーキは、事故が発生した場合など緊急に列車を停止させる必要がある時に用いられるブレーキで、運転士だけでなく車掌や時には乗客によっても作動させることができる。これに対して通常用いられるブレーキは常用ブレーキと称される。非常ブレーキは常用ブレーキよりもより大きな制動力を得られることが普通であるが、一方で乗り心地を損ない、車内で立っている人を転倒させるなどの危険性もある。非常ブレーキは、一度使用すると完全に停車するまで緩めることができないのが普通で、また緩めるための手順は通常のブレーキと異なっていることが多い。
保安ブレーキは、他のブレーキ系統が故障などにより使えなくなった場合に用いられるバックアップのブレーキである。直通予備ブレーキとも呼ばれる。また、留置中の車両が動き出さないようにする目的でもこのブレーキが用いられる。この場合、駐車ブレーキ、あるいは留置ブレーキなどと呼ばれることもある。通常のブレーキ系統とは独立した系統になっている。
一部の車両では、バネなどの働きにより制輪子が常時車輪に押し付けられる機構になっており、これを空気圧により抑えておくことでブレーキを解除して走行し、空気圧が抜けると特に保安ブレーキの操作をしなくても自動的にブレーキが掛かる仕様になっているものがある。これは、運転士が車両の留置時に保安ブレーキの使用を忘れた場合でも、ブレーキ管の空気圧が抜けて通常のブレーキが効かなくなった時点で自動的に保安ブレーキが作動するフェイルセーフな機構となっている。
現代の鉄道車両では、常用ブレーキ、非常ブレーキ、保安ブレーキの3系統を備えているのが普通である。
なお、新幹線では、常用ブレーキ、非常ブレーキ、緊急ブレーキ、補助ブレーキの4系統になっている。非常ブレーキは運転士の操作かATCによって動作し、車掌の操作や列車の異常時には緊急ブレーキが作動する仕組みとなっている。補助ブレーキは、常用ブレーキや非常ブレーキが故障した場合に低速で車両を移動させて回送することができるようにするブレーキである。
[編集] 再粘着制御
粘着(摩擦)ブレーキにおいて、車輪とレールとの摩擦力よりも制動力が強く働くと、車輪がロックしてレールの上を滑る現象が発生する。これを滑走と呼ぶ。逆に動力推進時に推進力が摩擦力を上回ってスリップする現象は空転と呼ばれる。これらの現象が発生するとレールや車輪を傷つけ、推進力・制動力が低下してしまうため、滑走や空転を止める必要がある。
空転や滑走を検知して、推進力や制動力を一時的に弱めてスリップを止める制御のことを空転滑走再粘着制御(くうてんかっそうさいねんちゃくせいぎょ)と呼ぶ。車輪の回転数を検知し、他の車輪で計測した値と比べて異常な値となった時に、その軸に関して推進力や制動力を一旦緩める処理を行っている。
滑走によって車輪に付く傷のことをフラットと呼ぶため、こうした制御を行う装置をフラット防止装置ともいう。
[編集] 電空協和制御
現代の電車においては、常用ブレーキとして空気圧によるブレーキと電気ブレーキの2種類のブレーキ装置を備えていることが普通である。電車の編成中には、モーターを搭載した電動車(M車)と搭載していない付随車(T車)があり、付随車では電気ブレーキは使用できない。
回生ブレーキを使用すると、エネルギーを回収して利用でき効率がよいだけではなく、空気ブレーキに用いられる制輪子の消耗を抑えてメンテナンスコストの削減を図ることができる。このためできるだけ回生ブレーキを使用したいという需要がある。一方で回生ブレーキは、回生によって発生した電力を他で使ってくれる列車がいなければ効かず、低速でも効かないという問題があるため、空気ブレーキと組み合わせて使用する必要がある。
電気指令式ブレーキでは、こうした回生ブレーキと空気ブレーキを統一して制御し、回生ブレーキによる制動力が不足する分を空気ブレーキで補うということをしている。このような制御のことを電空協和制御または電空協調制御という。
回生ブレーキでは途中で回生ができなくなると回生失効するため、それに応じて空気ブレーキを必要なだけ立ち上げて、運転士が求める一定の制動力を維持しようとする働きもしている。また減速してくると回生ブレーキでは十分な制動力が得られないため、ある速度で回生ブレーキを切って空気ブレーキだけにするという制御も行っている。
電空協和制御ではブレーキを掛ける際に、まずM車の回生ブレーキを立ち上げる。求められる制動力に不足していると、続いてT車の空気ブレーキが立ち上がり、さらに制動力が強く必要とされる場合にはM車の空気ブレーキも立ち上がるという順序でブレーキが作動する。このようにすることで制輪子の消耗を抑えエネルギー効率を最大にしようとする。この動作のことをT車優先遅れ込め制御(Tしゃゆうせんおくれこめせいぎょ)、あるいは単に遅れ込め制御と呼ぶ。
[編集] 純電気ブレーキ
回生ブレーキは低速では制動力が不足するため、電空協調制御で空気ブレーキを立ち上げるのが従来の方式である。これに対して、できる限り低速まで回生ブレーキを使い続け、制動力が不足する場合には空気ブレーキを立ち上げるのではなく、逆に電気を使ってモーターで逆方向に力を与えることで制動力を得る方式があり、純電気ブレーキまたは全電気ブレーキと呼ばれている。こうしたブレーキは、電力の節約よりもむしろ制輪子の消耗を抑えてメンテナンスコストの低減を図ることが主眼となっている。
純電気ブレーキは三菱電機の、全電気ブレーキは日立製作所の商品名であり、双方はほぼ同じものであるが、制御の方式に若干の違いがある。
[編集] ブレーキに関連した事故
- アーマー鉄道事故(Armagh rail disaster) — 北アイルランドにおいて勾配を登り切れず、列車を分割して前半分を先に登らせようとしたが、後ろ半分のブレーキが正しく作動しておらず、後退して後続の列車と衝突した、1889年。
- 箱根登山鉄道電車脱線転落事故 —ブレーキが効かなくなり急勾配を暴走、1926年。
- 近鉄奈良線列車暴走追突事故 — 生駒トンネル内でブレーキが効かなくなり急勾配を暴走、1948年。
- チャペル・アン・ラ・フリス事故(Chapel-en-le-Frith) — イギリスで蒸気ブレーキの配管が破損して蒸気が運転台に流れ込み、制御を取ることができなくなって暴走した、1957年。
- 富士急行列車脱線転覆事故 — 踏切でトラックが電車に衝突してブレーキ系統を破壊し、ブレーキが効かなくなった、1971年。
- 近鉄特急衝突事故 — 青山トンネル内でのブレーキ故障の対処を誤り、ブレーキが掛からない状態で走行し、特急同士が正面衝突した、1971年。
- 西武新宿線田無駅列車追突事故 — 雪が制輪子に挟まって制動力が不足して追突した、1986年。
- リヨン駅事故 — 非常ブレーキで停車した際にブレーキバルブの不正な取扱でブレーキがほとんど掛からなくなり、その状態で出発したために止まることができず他の列車と衝突した、1988年。
- 関東鉄道常総線列車衝突事故 — ブレーキが故障した状態で終端駅に突入した、1992年。
- ニュートラム暴走衝突事故 — ブレーキ指令線が正常に作動しなかったと思われる事故、1993年。
- 京福電気鉄道越前本線列車衝突事故 — 制輪子を駆動するブレーキロッドが破損しブレーキが効かなくなった、2000年。
- Igandu鉄道事故(Igandu train disaster) — タンザニアにおいて、ブレーキが壊れた列車が上り勾配を逆走して後続の列車に衝突した、2002年。
- 阿里山森林鉄路でブレーキ故障による脱線転覆事故、2003年。
[編集] 鉄道用ブレーキシステム製造メーカー
ワブテック(かつてのWABCO: ウェスティングハウス・エア・ブレーキ)
Faiveley Transport [1]
クノールブレムゼ
ウェスティングハウス・ブレーキ・アンド・シグナル(現在はクノールブレムゼの一部門となっている)
ニューヨーク・エア・ブレーキ
MZT HEPOS [2]
三菱電機
ナブテスコ
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- 『最新 電気鉄道工学』 電気学会電気鉄道における教育調査専門委員会、コロナ社、2000年、初版(日本語)。ISBN 4-339-00723-4。
- 伊原 一夫 『鉄道車両メカニズム図鑑』 グランプリ出版、1987年、初版(日本語)。ISBN 4-906189-64-4。
- 江崎 昭 『輸送の安全からみた鉄道史』 グランプリ出版、1998年、初版(日本語)。ISBN 4-87687-195-7。
- 『貨物鉄道百三十年史(下巻)』 日本貨物鉄道株式会社貨物鉄道百三十年史編纂委員会、日本貨物鉄道、2007年、初版(日本語)。
- 齋藤 晃 『蒸気機関車の興亡』 NTT出版、1996年、初版(日本語)。ISBN 4-87188-416-3。
[編集] 翻訳元の英語版での参考文献
- (1957) in British Transport Commission: Handbook for Railway Steam Locomotive Enginemen.
[編集] 関連項目
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